第9回世界大会特集
極真世界大会とは?
極真会館最大の行事である世界大会まで2ヶ月を切りました。中村道場からは池本選手(初参加)、そして徳田選手(2回目)が日本代表として参戦予定です。
極真世界大会では歴史的に「日本VS世界」という構図が中心に据えられます。空手発祥の地としての誇りと意地が日本代表選手達の闘魂を駆り立て、死力を尽くして大きな外国人選手に立ち向かっていく姿は日本人であることのナショナリズムをフルに感じさせてくれます。極真世界大会の歴史は日本選手の死闘の系譜と言っても過言ではないでしょう。
今回の特集ではこの権威ある世界大会の歴史を端的に振り返ってみたいと思います。極真ビギナーの方にもその歴史の深さを感じていただければ幸いです。そしてそれを知ることにより、徳田選手と池本選手
の目前に迫る挑戦がどれだけ凄いことなのかが少しでも理解できるかもしれません。
発祥
故大山倍達総裁は弟子達に極真の精神を説くとき必ず同じフレーズを用いました。曰く、「頭低く、目は高く、口慎んで、心広く、孝を原点として他を益す」という現在の極真修行者にとっては格言に発展した至高の成句です。そして今日この精神は性別、人種、宗教、国境、イデオロギーを超越し、極真を修行するあらゆる国の人々の心に浸透しています。そしてこの極真精神が世界中に広ま
る発端となったのが32年前に開催された大山総裁の壮大な夢、世界大会だったのです。
世界大会はその規模の大きさから4年に1度しか開催されません。正に「空手オリンピック」という通称に相応しい一大イベントです。世界中から選抜された厚い選手層の頂点に輝き、世界チャンピオンの座に辿りつくことこそが地球上の全ての極真選手の夢となっています。過去32年の歴史でこの栄冠に
到達することを許された選手は僅か7名のみです。素手素足、己の体のみで約200名が参加する巨大トーナメントに挑む選手達は「極真精神」の具現者と言えるでしょう。
第1回世界大会 1975年
JAPAN SECURES TOP SIX
PLACES.
1975年11月1日から2日間に渡り第1回世界大会が開催されました。同大会は直接打撃制による初の世界大会となり、空手界にとって歴史的な出来事となりました。32の国々から集まった128名の選手の中にはキックボクシング、柔道、カンフー所属の選手も混ざり、異種格闘技戦の様相も呈しました。「日本が負ければ腹を切る」と
不退転の覚悟で臨む大山総裁に後押しされた日本選手団はプレッシャーを跳ね除け上位6位までを独占するに至りました。総本部所属(当時)の佐藤勝昭選手が世界チャンピオンのタイトルを奪取。その名前を歴史に刻んだのです。
第2回世界大会 1979年
JAPAN'S NAKAMURA GRABS
THE TITLE.
4年という月日は世界のレベルを急速に上げます。体格で優る外国人選手がこの4年で日本人の持つ組手技術を研究し始めたのです。
前大会で日本人が得意とした下段回し蹴りも研究されていました。そしてレベルの底上げが
成された海外勢を牽引したのが大国アメリカでした。第2回世界大会では「熊殺し」の異名を持つウィリー・ウィリアムス選手を筆頭にアメリカ勢の台頭が際立った大会となりました。日本武道館を埋めた2万人の観衆が日本の勝利を信じる中、初出場であった中村誠師範が並み居る強豪外国人を退け、見事優勝を飾りました。ウィリー選手は不可解な反則負けを喫したもののベスト4に食い込みその実力を証明しました。
第3回世界大会 1984年
THE WORLD CATCHES UP TO
JAPAN.
1984年1月20日より3日間に渡り第3回大会が開催されました。この大会では前回まで威風を誇っていたアメリカの力が後退し、ヨーロッパが前線を張り、日本の脅威となって立ちはだかりました。アンディ・フグ選手(スイス)、マイケル・トンプソン選手(イギリス)、ミッシェル・ウェーデル選手(オランダ)といった個性的な選手達が舞台上で大暴れを演じました。対する日本勢は当時まだ21才であった「天才」松井章圭館長が芸術的ともいえる組手を披露。そしてパワー・技術共に円熟期であった中村師範(当時31才)が怒涛の強さで一気に決勝まで駆け上がり前人未到の2大会連続の優勝を成し遂げました。
第4回世界大会 1987年
MATSUI DEFENDS THE
TITLE.
前回台頭したヨーロッパの強豪は4年の間に飛躍的な成長を遂げ勇躍東京に乗り込んできました。更にアデミール・コスタ選手を中心とするブラジル勢も磯部支部長に鍛え上げられ世界の勢力地図に仲間入りを果たしていました。こういった海外勢が本気で優勝を目指した本大会は
後年、史上最激の世界大会として語り次がれることとなりました。松井館長とトンプソン選手が対峙した準決勝は延長5回目で一本が決まるという本大会の壮絶さを象徴する試合となりました。松井館長は決勝で「鉄人」アンディ選手と対戦。テッコンドーの技をアレンジした踵落とし蹴りを駆使し強豪を突破してきたアンディ選手に対し絶妙な合わせ技で崩していった松井館長に優勝の栄冠が輝きました。
第5回世界大会 1991年
THE FIRST EVER
LIGHTWEIGHT CHAMPION IS BORN.
250名という史上最大のトーナメントとなったのが本大会です。
極真の世界大会が体重無差別で開かれる最大の理由は総裁の武道へのこだわりがあったと考えられます。本来、実戦を想定とする武道の修行では相手の体重を選択する余地はありません。小さい者が大きい者を制することを可能にする術が武術であり、その理想を現実なものとして証明した人物が第5回大会で優勝した緑健児選手でした。小柄な体から繰り出されるパワフルな技の連打とマット上を縦横無尽に動くスピード感溢れる足裁きに大型選手は翻弄され続けました。また本大会ではブラジルのフランシスコ・フィリォ選手がデビューを飾り、4回戦でアンディ選手に一本勝ちし鮮烈な印象を残しました。
第6回世界大会 1995年
BRAZIL BECOMES A MASSIVE
THREAT.
ここまで王座を守ってきた空手母国日本。その伝統は幾度となく危機的状況に追い込まれました。しかし日本選手の決死の覚悟が強固な防波堤となり海外勢の侵略を阻んできたのです。しかしフランシスコ・フィリォ選手は、そんな日本勢の固い意志をも揺るがしかねない優れた選手として成長してました。体格、パワー、スピード、テクニック、スタミナそして精神力のどれをとっても王者としての及第点に達している、というのが関係者の評価でした。そんなフィリォ選手の快進撃を準決勝で食い止めたのが数見肇選手でした。その下段回し蹴りは日本刀のごとき鋭さを保持していました。優勝を八巻健志選手に譲ったとはいえ、数見選手は
、もう一人のブラジルからの刺客グラウベ・フェイトーザ選手をも沈め、日本の王座死守に最も貢献した選手といえるでしょう。
第7回世界大会 1999年
FILHO BECOMES THE FIRST
NON-JAPANESE CHAMPION.
1999年にはブラジルが世界勢力図の中心に据えられていました。前大会で王者への夢を破壊されたフィリォ、グラウベの両選手は、この4年間磯部師範の厳しい稽古により更なる進化を遂げていました。外国選手の長足の進歩に苦戦を強いられる日本勢。しかしその暗い雰囲気を払拭するがごとく数見選手の快進撃が続きました。準決勝で再び拳を交えることとなったグラウベ戦では前回同様、下段回し蹴りを効果的に使い判定勝ちを収めます。そして天王山となった決勝ではフィリォ選手と対戦。剣豪同士の鍔迫(つばぜ)り合いを髣髴(ほうふつ)させるその接戦は満員の観客を魅了し、武道の醍醐味を存分に味わうことの出来る最高の戦いとなりました。結果、フィリォ選手に軍配が上がり、ここに初の外国人王者の誕生と言う歴史的瞬間を迎えたのです。
第8回世界大会 2003年
RUSSIA, BRAZIL AND
JAPAN: A THREE-SIDED CONTESTANT IS ON.
王座奪還を目標にする日本勢には険しい道のりが待っていました。世界王者ブラジルにはエヴェルトン・テイシェイラという怪物選手が新戦力として加わりました。それ以上に脅威となったのが「格闘王国」ロシアの台頭でした。90年代前半の社会主義崩壊により、それまで活動に制限があった空手が開放されました。ロシア人特有の骨格の頑強さは極真空手の激しさに合致し、強い選手が続々と名乗りを上げました。ロシア代表レチ・クルバノフ、セルゲイ・プレカノフの各選手は日本人選手を次々に撃破。ブラジルのテイシェイラ、グラウベの両選手もベスト4まで駆け上がりました。これら大型選手の駆逐に成功したのが木山仁選手でした。巧みな体捌きを軸にした鉄壁の防塁と変化に富んだ技と連携は上記外国選手を次々退け、王座奪還を現実のものとしたのです。
世界大会は世界各地で活動する選手、支部長、コーチ、審判、道場生が4年に1度一堂に会し、国際交流を深める極真会館最大のイベントです。大山総裁が提唱する「極真精神」はこの大会を通じ次世代に継承されていきます。
1975年に第1回大会が開催されて以来、数々の名勝負が繰り広げられてきました。4年の歳月は各国選手に進歩をもたらし、極真空手自体に技術進化を与えています。第9回大会ではどういった展開が待っているのでしょう。池本選手、徳田選手、更には日本選手団全体への応援を宜しく御願い致します。相撲、柔道が外国主導となりつつある昨今、「日本発祥の武道をリードしていくのは日本である」という基本精神を極真空手で堅持するためにも道場生、ファンの皆さんが一丸となって空手母国日本を応援していきましょう。
>>松岡師範代による観戦記
>>日本選手団への期待と展望
>>大会結果

過去の入賞者リスト、及び第9回世界大会に関する詳細は東京本部ホームページに掲載されております。