ウエイト制大会を終えて
例年通り運営業務の合間に試合を観るという状況でしたので、個々の試合の詳細な観戦記ではなく大会を通じての私なりの印象と分析を記したいと思います
進化と観戦
「選手の個性が見えにくくなった」という意見を近年よく耳にします。これは競技の成熟がもたらしたものに他なりません。
かつて極真の試合は「技」対「技」という様相でした。しかし、このレベルの大会で勝ち上がるために多彩な技が使いこなせるのは現在では当たり前であり、戦略面の比重が極めて高くなっています。中量級準決勝の松岡×福井戦に代表されるような、後で何度でも見直したくなるほどの高水準な戦いは少なくありませんでした。間違いなくこれは進化であり、層の厚い中量級あたりを中心に目を見張るものがありました。
ここでひとつ問題が生じます。試合が高度になるほど一般の方に解りにくくなるということです。ボクシングを観ればこれは明らかであり、リング外の騒動やかませ犬問題ばかりが話題になる(というかそれしか話題になりにくい)現状に、頭を抱えている関係者も少なくないでしょう。競技としての完成度が高いボクシングは、一部例外はあっても、誰もが楽しめるものではなくなりつつあります。K−1等の新興格闘技がブームになったのも実力差、キャリア差のあるマッチメイクで派手なKOシーンを演出したことが要因のひとつでしょう。
指導者として選手育成面を考えた場合も、一回戦から気の抜けない選手層の厚い現在では防御技術が重視されます。特に攻撃力の高いロシア選手らとの戦いを重ねるとなるとなおさらです。
選手間の防御能力が高まれば当然KO率は下がるという相関関係にあります。結局刺激的なKOシーン(極真の場合は一本勝ち)だけにとどまらない観戦の指針(例えば攻防の妙、心理的な駆け引き等)が無ければ、技術が高度になるほど観る者の興味を減退させるというジレンマから抜け出せません(そういえば一昨年の住谷選手は覇気において極真の精神性を具現化していました)。
野球にはホームランが飛び交う乱打戦とは違う緊迫した投手戦があります。ところが初めて見た人にはそれは貧打戦に映るかもしれない。成熟した世界だけが持つ妙味を伝えることも運営サイドの役割ではないか――死力を尽くす選手を目の当たりにして、一層その思いを強くした次第です。
選手世代の変遷
今大会出場者を見渡して、ふと20代前半の選手の少なさに気づきました。少年部出身の選手が増えている印象を持っていたのに意外でした。早速調べてみますと17回大会(2000年、第7回世界大会翌年)では20代前半(21〜25歳)が全選手の約1/3→21回大会(2004年、第8回世界大会翌年)約1/4→今大会(2008年、第9回世界大会翌年)約1/5という結果でした。
これは少年部出身者が高校、大学までに力を付けても、社会人になるに至って競技生活を継続することが困難であるという事実を反映していると思われます。また自立心に伴って望まれる、やらされてきた稽古から自発的にやる稽古への移行が難しいことの現れであるのかもしれません。身近で起こっている問題は全国規模の問題でもあるようです。
これでは大切な将来の極真空手を支える世代が途絶えてしまいかねません。
我が道場でも将来が楽しみな中高生が頭角を現しつつあります。しかしこれから彼らには様々な選択肢が待ち受けます。どんな時にあっても魅力を感じられる極真空手であるためにはどうすべきか、この点においても我々指導者に突きつけられた課題は少なくありません。
最後になりましたが軽重量級の倉田選手が全日本大会において初の入賞を果たしました。彼は関西圏では赫々たる実績を残しながら、全国の舞台では常に“あと一歩”に泣かされてきました。齢三十を超えてなお志を持ち続け、会社員として限られた時間の中での偉業、心からの拍手を送って私の観戦記を終えたいと思います。 押忍
大野猛人
松原・泉佐野・泉大津道場所属|師範代・分支部長
名門東京城西支部において極真の門を叩き、更に中村道場で技と精神を研鑽してきたのが大野師範代である。分支部長として道場運営において精力的に活動を展開するに留まらず、地元大阪での大会開催・運営に水準の高い統括能力を発揮。中村師範からもその手腕が認められている。大阪における極真空手発展の大黒柱の一人である。
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