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軽量級
優勝: 
ローマン・セムチェンコ
準優勝: 
ニコライ・クルシュ
三位: 三田裕太
四位: 澤村勇太

中量級
優勝: 
鈴木雄三
準優勝: 松岡朋彦
三位: 
小沼隆一
四位: 
福井

重量級
優勝: 
別府良建
準優勝: ヌルマガメド・マメドフ
三位: 村岡賢和
四位: 倉田尚彦

重量級
優勝: 
赤石誠
準優勝: 
ザハリ・ダミヤノフ
三位: 
阿曽健太郎
四位: 松村典雄

 

 

 

 

 

■2008年度イベント情報


25回全日本ウェイト制選手権大会 | 6月14・15日|大阪府立体育館

小林師範代によるウェイト制観戦記

2006年8月に開設した中村道場HP。活字中心で運営していることもあり、これまで数々のコラム、インタビュー、レポートを掲載してきました。今回の小林師範代による観戦記はそれらの集積の上に成り立つ素晴らしい内容となっています。

注)掲載されている観戦記はあくまで個人の視点から綴られたものです。中村道場全体の意見ではありません。


少年部出身と外国勢 

少年部出身

初日前半こそ、大人しい試合が目立つ中、さすが全日本ウエィト制。初日後半から二日目は俄然、質の高い試合が展開された。なかでも少年部出身の若手選手。そして、世界大会や全日本無差別大会同様、外国勢の勢いが目についた大会であった。 

少年部出身は以前からいわれている事だが、いよいよ本格的に台頭してきたな、という感がする。 

こうなってくると、組織全体として、また末端の道場単位としても、少年部が、大人のついでのクラスではなく、将来を見据えた指導、方向性で対処する時代が来たといえよう。

サッカーがプロリーグを頂点に、各地元に少年クラブチームの底辺をもち、ピラミッド型の組織図を構築、掘り起こし普及を含め、下から上への明確なレールを引いた活動を行っているように。そのためには、組織としての整備も必要であろうし、道場単位としての、保護者を交えた、少年部に対する意識づけの再確認が必要になってくる。 

少年部育成には、保護者は欠かせない。

しかし、育成の段階で、「親である私が空手を教え、選手として育てた。空手道場は関係ない」という勘違いをする暴走保護者では話にならない。これでは、長い目でみたチャンピオンは生まれないし、空手道としての、人間・空手家は形成できない。指導者も良識ある保護者はしっかりとバックアップする度量と、子供と保護者をも含めた真の空手道への修行を誘う器量が必要となってくる。そしてそこから生まれるチームプレーが、資質ある子供の才能を最大限に生かす結果となってくるのである。 

チームプレーを構築するに際して、大切なキーワードは、<付かず離れずのバランス感覚>であろう。少年部出身の選手で、すでに成人しているにもかかわらず、親が未だにセコンドについていたりするのを聞くと、正直、違和感を覚えてしまう。(親が黒帯で空手を指導しているのなら判らないでもないが。大学の入学式に親が平気でついて行く時代ゆえなのか。)

親離れ出来ない甘えた体質の日本人選手が、国家紛争の状況下、銃弾飛び交う日常生活の中で育った外人選手と対峙した場合、果たして勝てるのかどうか。空手以前の問題のような気がする。 

とにかくこれからは、道場責任者の少年部指導の明確な指針と、親離れ、子離れがしっかり出来た上で、あたたかく見守れる保護者の教育方針が合致してこそ、日本空手界の将来に、希望を見出す事が可能になってくるのであろう。もちろん成人入門者には、何よりも頑張ってもらいたい。 

外国勢

さて、もう一つの外人選手であるが、今大会も派手に蹂躙された感がある。

稽古方法などの技術論、国家全体での取り組み方、民族的な骨格論、食べ物、精神論などいろいろな要因はあろうが、少年部の教育論ではないが、根本的な思想の基となる文化論も影響しているのではないだろうか。 

キリスト教が顕著なように、外国の宗教には信仰告白というものがある。心の中でひっそりと秘密裡に信仰をしていては意味が無いのである。周りに「私は信仰します」と声高らかに告白し、洗礼を受け、「神を信じます」と常に言い続けないと駄目な文化圏なのである。外国人が常に、自己アピールをし、自分を主張するディベートに長けているのには、このような背景が大きい。

買い物をする時ですら、自分の方から大きな声で挨拶をし、「こういうものが欲しい」とはっきり主張する外国人。かたや日本人は、「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」と店員の方から声をかけてくる。最近では、コンビニの弊害で、黙って品物を差し出し、黙って清算し、一言も発せず、店を出て行く形が多い。こうした日常生活から、自己表現、コミュニケーション能力がますます下手になっていく。 

そんな両選手が対戦した場合どうなるのか。

日本人選手は、まず様子を見て、探りを入れる。外国人選手は、いきなり、自己主張し攻撃してくる。こんな試合を何度か目にした記憶がある。試合の組み立て、というレベルではなく、文化意識が生んだ差異なのだ。(技術が切迫してくるとこんな些細な事も大きな要因になってくるのであろう。) 

栗を使ったお菓子で例えてみても、日本の「栗まんじゅう」は、まんじゅうの生地の中に、栗がひっそりと隠されている。外国は、「モンブランっ!」という感じで、栗が表面に<ドン>と塗り固められ、見てくれとばかりにアピールされている。

日本の奥床しさ、わび、さび。素晴らしい美意識ではあるが、闘志剥き出しの試合では改善せねばならぬ文化でもある。また、「技」の解釈の中にもこんな違いが存在する。

ロシアのサンボ

特殊な関節技を除けば、基本は日本の柔道と同じなのだが、同じ投げ技をかけるに際しても、その初動動作で文化の差異を感じる。日本の柔道は、投げるに際し、崩してからとか、ポジションを変化させてからとか、「柔よく剛を制す」精神と形で技に入るのだが、(もちろん例外もあります)ロシアのサンボは、およそ崩すなどの発想はなく、いきなり引っこ抜き投げ飛ばすのだ。力持ち同士の強引な闘い、なのである。

思えば、空手の試合における突き方でも、日本は、ジャブであったり、リードパンチであったり、崩す突きを入れるのだが、ロシアは、いきなり<ドン>である。アルコール度数45度以下のウオッカなんか飲んでいられるか、というロシア人。

大東亜戦争末期、日ソ中立条約を突然破り、日本古来の北方領土を強引に侵攻した文化圏。大雑把で強引な民族性。まさに、試合の組み立て、というレベルではなく、文化意識が生んだ差異なのだ。 

とすれば、日本が対抗できる文化とは何か? その答えともいえる試合をしてくれたのが、倉田選手だった。

 

軽重量級準々決勝 倉田尚彦選手VS森善十選手 

自分の中では、今大会のベストバウトである。 

地方大会では、全関西3連覇など、安定した実績を残しているのだが、不思議と全日本ではその実力を出し切れていない倉田選手である。しかし、今大会の倉田選手は、兄貴分の住谷選手と同様、気合と根性の入った熱き試合で順調に勝ち上がっていった。そして最大の見せ場ともいえる、森善十朗選手との準々決勝を迎える。 

感動する、という気持ちは、芸術と同じで、魂を揺さぶられる心意気を感じる作品か、同じ人間が完成させたとは思えない、精度の高い崇高な作品を見せられた時に感じるものである。そしてそこに、表現者の正当な思い入れが見える時、人の感情は素直に共鳴し胸を熱くさせるのである。

森選手と闘った倉田選手が正にそれであった。 

どつき、蹴りまくり、魂をぶつけて行く。「俺は絶対勝つんだ。これだけ練習してきたんだ」という心の叫びが聞こえてくる試合だった。森選手も負けじと、叩き返し、精度の高い内腿ローに的をしぼりはじめ、一進一退が続く。会場も湧きあがり、あちこちから両選手への声援が飛び交う。

そんな中、どの声援よりも甲高い声が響き渡る。セコンドについている住谷君の熱い叫びだ。「クラター!お前の突きは強いんだー!」 ほとんど、『あしたのジョー』丹下段平の「立つんだ、ジョー!」に近い応援の叫びである。やっぱり住谷君は、何をやらしても熱くいい味を出してくれる。

やがて試合は、倉田選手の怒涛の攻撃の中、終了を迎える。残念ながら判定は引き分け。しかし、試し割り枚数1423倉田選手が、勝利を手にする。この23枚は、軽重量級の中では、金久保選手と並んで最高枚数である。こんな所からも倉田選手の試合に対する気迫が伺える。いずれにしろ素晴らしい試合内容。一本勝ちとは別の、極真空手の醍醐味を十分に見せてくれた一戦であった。 

しかし、倉田選手は次の準決勝で、優勝した別府選手に、激闘で痛めた内腿を狙われ、敗退を余儀なくされる。森選手の負けはしたものの、的を絞るという試合戦術の巧さが垣間見えた。 

三位決定戦の準備をする進行席での事。

重量級準決勝で、松村選手が、ブルガリアのザハリ・ダミヤノフ選手に衝撃的な上段蹴りを貰い、昏倒。救急車で運ばれ三位決定戦は出場できない旨の連絡が入ってくる。

アナウンサーの田中氏が、準決勝後、足を引きずる倉田選手をみていたので、「倉田選手も出場しないのかな?」と聞いてくる。他意は一切ない。進行上の確認である。コート責任者の自分も、本来ならスムーズに運営を行うため、インカムで確認をとるべき所なのだろうが、「倉田は出ます」と即答する。隣にいた永井師範代も「彼は棄権なんかしませんよ」と相槌をうつ。案の定、数分後、コート横に三位決定戦へ向かう、倉田選手の姿が目に入る。自分と永井師範代は、二人目を合わせ、ニヤリとする。

男は、時として、負ける事が判っていても歩まねばならぬ時もある。まして勝負事であれば、勝つ確立が数パーセントと低かろうが、それにかける心意気が必要な時がある。 

「かくすれば かくなるものと知りながら 已むに已まれぬ大和魂」

(幕末時、吉田松陰は、海外渡航は「死罪」になるにもかかわらず、日本のため、「敵に学ぶ」必要を感じ、黒船に密航を企てる。結局、露見し、自主、捕縛されるのだが、江戸の獄舎に連れられる途上で詠んだとされる詩がこれである。) 

倉田選手は、結局、下段を狙われ、技あり二つ取られ、見事に玉砕する。彼の背中に吉田松陰の姿をみたのは、自分の思い入れ過ぎであろうか。しかし、会場からは、そんな倉田選手に向け、誰彼となく拍手があがり、彼の健闘と心意気を称えてくれるのであった。 

これこそ、外国に対抗できる日本の美学と文化の象徴であろう。そして、この魂と心意気がある限り、武道空手日本の復興に向け、<再始動>は、繰り返され続けるのである。


小林 悟
天王寺・西成・阿倍野道場所属|師範代・分支部長
中村道場最古参の黒帯の一人。 大阪南支部創生期より中村道場を支え続け師範からも全幅の信頼を寄せられている。名伯楽でもあり数々の選手を大会に送り出し入賞を果たしている。近年では中川正士の活躍が突出している。96年に開設した天王寺道場を起点に現在では3箇所の道場運営を担当し極真空手の普及に努めている。


編集後記

ウェイト制特集記事も今回が最後となりました。小林師範代のコラムはトリを飾るに相応しい深く醸成された内容となりました。一人でも多くの道場生、極真関係者に読んでもらいたいものです。

今年のウェイト制では、個人的に倉田選手の入賞が印象に残ります。森選手に勝利した瞬間というのは彼にとって生涯忘れられない記憶として脳裏に焼き付けられたはずです。倉田選手と苦しい稽古を共にしてきた尼崎道場選手強化コースのメンバー全員にとってもこれ以上無い刺激となったことでしょう。彼らの更なる活躍に中村道場全道場生が期待しています。

ホームページのヒット数も昨年のウェイト制特集を上回り、大会翌日には一日で750ヒットを記録しました。これは大会への関心、当ホームページの認知度が共に上昇していることを示しています。これが万単位のヒット数まで成長することを夢見ながら、「千里の行も足下より始まる」を胸に、これからもより充実した内容を道場生、極真ファンの皆さんへ提供していく所存です。 益々のご支援宜しく御願い致します。今回、貴重な時間を割いて戴いた師範代の方々、ご協力誠にありがとうございました。

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