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小池一紀
大阪住之江道場所属
師範代・分支部長

中村道場最古参の黒帯。東京総本部道場より極真空手を始め、まだ本部指導員を務めていた中村師範の一般稽古を受ける。現在、大阪の住之江道場を指導運営。道場設立から20年近くが経つこの歴史ある道場からは多くの選手、黒帯が育っていった。少年部を中心とした地域密着型のアットホームな雰囲気は小池師範代の人柄が反映されている。中村師範からの信頼も厚く、兵庫・大阪南支部主催の大会などでは黒帯スタッフをまとめ相談役的な役割を果たしている。

 

 

■2008年度新春特別企画 

小池一紀師範代インタビュー

PART: 極真の本質とは?

 

そして正式に中村道場指導員として活動を始められたんですね。

師範は一年のブランクがある私に継続して茶帯を締めることを許してくださいました。その頃、中村道場には既に黒帯が何人か育っていました。現在の柴田支部長もその一人ですね。西山、橋爪両支部長は茶帯だったと思います。私が昇段審査を受けたときには梶原支部長も一緒に受審したはずです。黒帯取得後は西日本大会の師範の御言葉通り尼崎と芦屋を指導しました。あの頃は一般部のみで少年部はなかったです。尼崎の一般部は活気がありましたね。常時30人から40人の道場生が汗を流していたはずです。中村師範の指導力が存分に発揮され強い選手が次々輩出されました。第3回ウェイト制で三階級制覇した時には大山総裁からも支部として相当期待されていましたね。

 

その第3回ウェイト制の後に大阪南支部が発足するわけですか?

いや、大阪南支部には前任者が既にいて岸和田と堺で道場を運営していました。ただそれほど規模を大きく展開するわけでもなかったようので、当時日の出の勢いにあった中村道場に支部譲渡の話が出たはずです。中村師範はこれを了承し、新生大阪南支部としての再出発に至りました。岸和田道場は現在の蛸地蔵駅を継続し、堺道場は鳳に移転して常設道場となりました。堺道場には関西本部から移籍した田中指導員(現大阪東南支部 支部長)が筆頭指導員に就きました。岸和田はその道場生え抜きの金田指導員(現大阪なみはや支部分支部長)が運営しました。当時彼は18歳くらいだったと思います。

 

大阪南支部の再出発に伴い住之江道場も発足したのですね? 

そうですね。私は大阪に来て以来ずっと住之江にいます。当時もそうでした。中村師範が大阪南支部の支部長に着任されると聞いて、すぐに住之江道場発足の話を持っていたのです。師範はすぐに了承してくれました。同時に分支部としての認可もいただきました。いまでこそたくさんの分支部が存在しますが住之江道場が分支部道場一番手だったんですよ。

 

その住之江道場からは現在大阪南支部で活躍されている大野分支部長をはじめたくさんの黒帯が育っていますが、その運営方針はどういったものなのでしょう?

稽古内容自体は他の道場とそれほど変わらないと思います。ただ私は本部時代の基本・移動・型という流れが染みついているので、そういった伝統的、古典的な稽古方法を重んじています。週5日の少年部の稽古がありますが組手稽古は週一回のみです。後の4日間は古典的な稽古に費やしています。

 

組手稽古に特化した道場が多い中、それは少し意外ですね。

確かに組手は空手の重要な要素です。直接打撃制を謳う極真ではなおさらです。しかしそれを重んじることはあっても固執することは良くない。指導論というのは各々が時間をかけて確立していくものですが、私の持論はまず伝統稽古ありきで次に組手です。具体的に言うと、うちの道場ではミット稽古はほとんどやりません。確かにミット稽古をやれば指導者としては楽なんです。号令を掛けるだけで道場生はある程度汗をかくことができる。しかしそういったことは家でもできるし自主トレでもできる。私は空手歴が30年を超えました。日本全国におられる高段者の方々から見ればまだまだ若輩ですが、道場ではその30年間で培ったものを伝えたい。私にとってそれは伝統的な稽古の奥深さなんです。

 

では大会用の組手稽古に対してどういった考えをお持ちなんでしょうか?

昨今の大会では少年部の人数が多いですね。私の道場でも7割が小学生です。これは全国的な傾向ですね。一生懸命稽古で汗を流し試合でその成果を試す、というのは成長期の彼らにとって本当に貴重な体験です。中村道場が試合への参加を奨励する理由はそこにあるはずです。ただ私が最近危惧することはあまりにも勝負にこだわりすぎるのではないか、ということです。確かに勝敗を決する場ですから勝つことにこだわる必要はあります。しかしそれは一般の部にあてはまることです。少年部の試合にとって勝敗はあくまで二の次でなければなりません。思いっきり戦って自分の力を発揮できれば、試合結果に関係なくその子供は勝者なんです。しかし最近では勝つためのテクニックに走りすぎる傾向がある。いかに上段をうまくあてるか?いかに回り込んで時間をかせぐか?いかに審判に自分の動きをアピールするのか?そういった技術 のみが先行している。良く言えば「巧い」選手、悪く言えば「ずる賢い」選手が勝つしくみになっている。これは憂慮すべき事態です。

 

少年の時期からずる賢さが身に付くことには抵抗がありますね。

そういったものは普通に生きていけば勝手に身に付くものなんです。それをわざわざ道場で教える必要はないんです。そしてそういった勝ち方は極真の大会精神に反します。

 

それはどういったことですか?

つまり「巧い」選手が勝つのではなく「強い」選手が勝つ場が極真の大会なんです。一発蹴ったら壁まで吹っ飛ばす中村師範は世界を二連覇しました。あの判りやすさが極真なんです。この前の世界大会を見たらはっきり理解できると思います。残念ながら日本の選手に「判りやすい」選手はいなかった。海外の選手団にはいた。ステピン、ホバニシアン、レチ、テイシェイラ、マメドフ、ダルメンナヴァロ..挙げたらきりがありません。日本人が負けてゆく姿を見て一番はがゆい思いをしていたのは他ならぬ中村師範だったと思いますよ。世界大会では日本人が早い段階で負けてしまったのですが、大会が盛り下がることはなかった。それほど外国人選手の組手が面白かったんです。ああいった判りやすい選手の組手は空手の素人が見ても面白いんです。観客動員数がそれを示しています。世界大会は超満員だったでしょう。普段試合を見慣れている私たちが観ても面白かったですから。

 

確かに海外、特にブラジル、ロシア、ヨーロッパの選手の試合は面白かったですね。

先ほど挙げた選手がマット下で待機しているとワクワクしましたから。どんな組手を見せてくれるんだろう、と。よく考えたら、そういった 感覚は以前にもあったんです。全日本大会で。中村師範や松井館長が活躍されていた時代の全日本です。面白かったですよ。とにかくいろんな選手がいてみんな強かった。あの頃の日本の選手は相手を倒すことを必須条件に据えていた。だから一つ一つの技に破壊力があったんです。中村師範がよく言われていました、「判定勝ちしても嬉しくない。一本とることしか考えてない」と。

 

コンビネーションや受け返しの洗練、スタミナ配分を念頭に置く今の選手とは対照的ですね。

そういったことを全く考えるなとは言いません。勝つためにはそれらも重要なことです。ただ本質を忘れるな、と言いたいんです。例えば最近の全日本のセコンドの指示にも違和感を持ちます。「コツコツ当てていけ」って。「コツコツ」ってなんやと。そういう言葉は少なくとも私の極真の辞書にはないですね。「1分20秒経過」って、刻みすぎやろ。最初っから3分戦う気なんやなって思いますね。倒すつもりは全く無し。「ラスト30!ラッシュ!」って叫びますね。ラッシュっていうことは手数を出すことですから、30秒残っててもやっぱり倒すつもりはないんやな、と思ってしまう。セコンドを責めてるわけではありません。こういった指示の仕方は日本全国に浸透してしまってますから。結果論ですが、こういった傾向が日本の惨敗に繋がった。倒すことを放棄した時点で日本の負けです。なぜなら大会を完全に競技としてとらえてしまっているからです。時間無制限、どちらかが倒れた時点で決着がつく本来の果たし状の精神性が置き去りにされてしまっている。再延長を含めて7分戦うことを前提にした稽古方法に突出しすぎているんです。

 

確かに稽古方法が合理化されていますね。

拳立て50回やるよりベンチプレスをやる。拳立ては地味できつい。もちろん指立てはやらない。ウェイトトレーニングは器具を使って効果的に結果を出せる。持久力や瞬発力を効率よく伸ばすために考えられた数々のトレーニング法。しかし基本全種類100本はやらない。それは地味だしきついから。数値にも出ないので効果があったかどうかわかりづらい。こういった 考え方はアスリートのそれです。極真の選手はアスリートの一面は持っていても、その根底にあるのは武道家であるはずです。そこを逆転させてしまうと失うものが大き過ぎるんです。

 

先ほどの少年部の話から世界大会まで最近の傾向として一貫性が出ていますね。

そうです。子供の頃に巧さを覚えてしまったらそこから抜け出ることは出来ません。何度も言うように極真の大会は巧い選手が勝つのではなく強い選手が勝つべきです。ですから私の道場ではとにかく伸び伸びと体全体を使って技を出させるようにしています。相手との駆け引きやステップも教えません。そういう指導方法ですからよく上段をポコンと当てられて負けてしまうパターンが多いんです。でもそれでいいんです。どういう結果が出ても、思いっきり戦った子供には「よくやった」と褒めてあげますよ。親御さんたちにもそういった指導方法は理解をいただいています。うちの道場にはチャンピオンはいませんが、私にとっては大会で頑張った子供は全員がチャンピオンです。少年部で 入賞しトロフィーを貰うことは、その子の自信を深める上でも意義のあることです。しかし私はそれ以上に、あの世界大会で活躍できる選手を育てたいですね。そのためにも本当の意味で「強い」選手を育てることを目標にしています。

 

少年部では組手以上に礼儀作法の習得が重要だと思いますが、住之江道場ではどのように教えているのでしょうか?

他の道場とそれほど変わらないですよ。目上の人、年上の人には敬語で話す。挨拶を徹底させ、礼をきちんとさせる。そしてご父兄に理解してもらいたいことは、お父さんお母さんの協力なしでは空手道場のみでそういった礼儀作法を教えていくには限界がある、ということです。考えてみてください。一週間で道場稽古に費やす時間はせいぜい3時間です。子供はほとんどの時間を家か学校で過ごすのです。ですから家での躾が非常に重要です。道場でいくら厳しく言っても家で甘やかし過ぎると道場での努力は水の泡となってしまうのです。空手の先生、学校の先生、そして両親が協力し合ってはじめて効果が上がります。そして努力の価値を教えることも重要です。審査前では審査項目を事前にきっちり稽古している子供だけを受けさせます。例えば学校が夏休みとなる8月を休会した子供には秋の審査は受けさせません。それはご父兄にも事前に伝えます。審査に向かってしっかりと準備した道場生のみが審査を受ける資格があります。努力する尊さを知ってもらうためには妥協を許さないようにしています。

 

先ほど空手歴が30年を超えたとお聞きしました。中村道場では小池師範代が一番の先輩となるわけですが、若い指導員に対するメッセージはありますか?

30年前と比べる今は大会全盛の時代です。ですから普段の道場稽古も大会で勝つための稽古に時間が割かれがちです。しかし大会で良い結果を残す道場が必ずしも良い道場とは限らなくなってきている。それは指導員の考えに歪みが起こっているケースが多い。チャンピオンを育てることに躍起になり功名心を満たす、 そしてそれが虚栄心に繋がる、父兄への対応を誤り道場内の秩序が乱れる、といったケースが少なからず発生する。これは偏にその道場運営者の責任です。大会結果に固執するあまり道場の存在意義を忘れてしまう。そういった事態を回避するためには常に初心に戻ることが必要です。そもそも自分が極真に入門した理由はなんだったのか、ということを考えるべきです。そこに全ての答えが集約されているはずです。そういったことは子供を道場に預ける父兄の方々にも言えます。自分の子供を入門させた最初の動機を忘れないでもらいたい。大会でチャンピオンにさせること が第一目的ではなかったはずです。そして延いては一般の選手にも言えます。道場生は入門動機を「強くなりたいから」と言います。では「強い」空手家を目指してください。 選手を目指す目指さないにかかわらず、空手家として一撃必殺の技を磨いてください。若い指導員にはレールを踏み外すことなく本質を保った道場運営をしてもらいたい。そして少年部だけでなく一般部にも力を入れてもらいたい。

 

しかし今は格闘技や武道の世界でも多様化の時代を向かえ一般青年の間での極真に対する興味が分散している状況です。

たしかに一般部の縮小は問題です。うちの道場でも、昔は青年男性で溢れていた一般部も今は10人集まればいい方です。だからといってそれを言い訳にしてはいけない。少ない人数だからこそ指導者は一人一人の道場生に注意を払うことができる。人数が多かった20年前は放っておいても強い選手が育った。それは道場生同士が切磋琢磨するからです。そういった意味では指導者は楽だった。劇画や映画といったメディア戦略で培われた極真の認知度は総裁が亡くなれてから10年以上経った現在徐々に低くなっているかもしれない。低くなった今こそ指導者の力量が試されるんです。考えてみてください。総裁が極真を創られたときは全くのゼロからの出発だったんです。しかも回りは敵だらけだったんです。しかしわずか数十年でこれだけの組織を作り上げられた。

 

しかも戦後間もないあの時代は空手に専念すること自体が難しかったはずでからね。

その通りです。「人数が少ないから」というのは総裁に対して失礼な言い訳でしかありません。ではどうやったら人数が増えるのか?それは極真の認知度を高めればいいんです。ではどうすれば認知度が高まるのか?大会会場を一杯にすればいいんです。ではどうすれば一般のお客さんが会場まで足を運ぶのか?答えは簡単です。強くて判りやすい選手がいればいいんです。巧い選手では客は入りません。ではどうすれば強い選手を育てることができるのか?指導者の力量がそこで問われるのです。全てはそこに行き着くんです。指導者を含めた関係する人々全員が初心に戻らなければならない時代に来ていると思います。極真の凄さとは一体何なのか?先に挙げた外国人選手の背中に一昔前の日本人選手の姿が重なって見えたのは私だけではないでしょう。

 

あっという間に2時間が過ぎてしまいました。最後になりましたが中村道場門下生全員に対するメッセージをお願いします。

まず中村道場に所属していることを誇りに思ってほしい。この道場の偉大さはその歴史が物語っています。少年部から中学、高校、女子部、壮年部そして型の部の全ての部門に全日本レベルの選手がいる。一般部ではウェイト制チャンピオンを何人も輩出している。無差別でも全日本で入賞者を幾度となく出している。そして世界大会には日本代表を6大会連続で輩出している。 中村師範ご自身も含めると8大会連続です。こんな支部は他にないはずです。この伝統を守っていくのは今現在道場で汗を流しているあなたたちです。しっかり自覚を持って稽古に励んで欲しい。次に言いたいことはテイシェ イラ選手の二連覇を阻止する選手が出てきて欲しい。それは至難の業であることは誰もが知っています。しかし世界二連覇の称号は中村師範の専売特許のはずです。これを成就させずに師範への恩返しは叶えられません。中村道場生一丸となって4年後を目指しましょう。そのスタートラインに私たちは立っているんです。押忍!

 

中村師範の右腕となり道場発展のため25年間尽力されてきた小池師範代の発言の一つ一つには含蓄があります。このインタビューの内容をよくある「昔は良かった。でも今の若者は、、、」と嘆く懐古趣味に染められた大御所の意見と一蹴してしまうのか、 それとも真摯に受け止め極真空手の本質を探る材料とするのかは読者の心持ち次第です。力強く論理的に喝破する小池師範代を間近に見ることができた私にとっての答えは明白です。小池師範代、貴重な ご意見の数々、本当にありがとうございました。そしてこれからも中村道場の大黒柱として次世代の牽引を宜しく御願い致します。押忍。

2008年度の中村道場オフィシャルホームページもこの大変意義ある企画で順調なスタートを切ることができました。今年もイベントレポートと道場紹介を軸にできるだけ頻繁に更新していく所存です。歴史ある中村道場の名前に恥じぬよう充実した内容を提供していきたいと思っております。読者の皆様、本年も宜しく御願い致します。 押忍。

 

PART1 生い立ちから本部での稽古
PART2 中村誠師範との遭遇
PART3 極真の本質とは?

 

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