■ 交拳知愛
2010年10月22日 時間の流れ
いつのまにか10月も終わりに近づきつつあります。前回のエントリーからなんと5ヶ月も経ってしまいました。私事で恐縮ですが、年を経る毎に出席するイベントと指導クラスの数が増えているようで、その分ホームページの更新が疎かになっているようです。状況改善に努力したいと思います。
「時間の流れ」という言い方を私達はよくしますが、「実際に時間は流れているのか」という疑問をたまに持ちます。流れているのであれば、その速さは?時速100キロくらい?よく分かりません。
「昨日食べたラーメンは美味かった」という感想を「今」を思う。そして次の日には「2日前に食べたラーメンは美味かった」と思う。というように「今」が動いていき、過去が遠ざかり将来に近づいていくことが「時の流れ」のような気がします。
「時の流れ」を考えた場合、過去、今(現在)、将来の3点が関わってくると感じますが、過去や将来を考えるのは「今の自分」です。過去の記憶を辿り、将来への予測や期待を計るのは「今」以外に考えられません。では時間の流れとは個々の頭の中にのみ存在するのかもしれません。その空間での思考作業が「流れ」を産み出す。例えば過去のある1点に視点を据え、「今」からその出来事を省みる思考作業が時間の流れを産み出すように。
ラーメンを食べてから3日目に「あのラーメン屋は厨房の不衛生が原因で摘発された」という新情報が入るとします。3日前の視点に立ったときと「今の自分」が持つ3日前のラーメンの味への印象が180度変わる瞬間です。
時間の流れが過去と将来に対する個々の思考作業とするならば、思考作業を必要とさせるような特別な出来事を積み重ねる事こそが「時間を大事」にすると言えるかもしれません。「人生とは死ぬまで思考すること」であるとある哲学者が言っていたのを思い出します。
秋の全日本大会の季節がやってまいりました。今年は来年に迫った第10回世界大会の日本代表選考会も兼ねていますから例年以上に熾烈な戦いが繰り広げられる事でしょう。
時間は自分では流れません。大会日が近づく、大会当日、大会を終えて...その劇的な思考作業が「時間を流す」のです。■
注)中村道場という一団体に掲載されるコラムであるため私的な題材や意見は極力避け、一般的な内容に的を広げてあります。しかし文章作成上、全ての主観を取り除くことは不可能であることもご理解下さい。上記の文章内で不快な気分を持たれた方は、このコラム蘭はあくまでHP係りが提供しているものであり中村道場全体の意見を代表しているものではない、ということをご理解ください。
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