■ 交拳知愛
2008年6月22日 自分にオーケーを出すということ
日本中の落語ファンを笑いと興奮の渦に巻き込んだ上方落語の第一人者に桂枝雀(1939−1999)という方がいました。高座でのオーバーアクションや表現力豊かな表情を武器にそれまでの落語の概念を覆し、どんな客も大爆笑させる落語を確立されました。独演会は常に大入り。昭和60年当時、レギュラー放送されていた「枝雀寄席」は、深夜2時頃の番組にもかかわらず高視聴率を記録していました。タレントとしての活動は少しの例外を除いて落語関連のみに絞り込み、芸の追及と落語の普及に邁進されました。
「私の中に私を見てる枝雀がいてこれが私になかなかオーケーを出してくれなかったんです。それがこのごろはだいぶオーケーに近づいてきた。見ててください。もうじき自分の落語を完成させます」 これは朝日新聞の取材に答えた枝雀の言葉です。たとえお客が笑ってくれても、もう一人の自分が
檄を飛ばす。自分には嘘は付けない、よって最大の敵は自分自身ということになります。物事を探求していく過程において誰もが直面する命題がその発言に凝縮されています。
先週末、全日本ウェイト制大会が開催されました。「自分の組手」を求めて236名の選手が熾烈な戦いを繰り広げました。落語家にとってお客に笑いを与えることは、極真空手家にとって観客に感動を与えることと同等です。しかしアマチュアである選手達にとって、意図的に観客を湧かす事は目的の範疇には入りません。第一の目的は、組手試合を通じて得られる自己探求です。勝負編重主義を掲げる極真にとって結果は重要です。しかし「自分の組手」ができたかどうか、という事は結果以上に大切な意義を含んでいます。そして「自分の組手」をやりきった選手が観客
の心を動かすことができるのでしょう。極真の観客にとって勝敗とは二次的要素なのです。
今大会、中村道場から出場した倉田、松岡の両選手は入賞という結果に対して賞賛されることはもちろんですが、それ以上に
、強敵に対して、現時点で最高の「自分の組手」を通せたことに高い評価を得ているのではないでしょうか。両選手の戦いにおける観客の反応の大きさがそれを立証しています。出場した中村道場12選手は「自分自身にオーケーを出す」まで、そして更なる上を目指すため、これからも稽古に没頭していくことでしょう。
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永井、大野、小林各師範代諸氏によるウェイト制観戦記が火曜日より順次公開予定です。その卓見した内容は全ての道場生にとって必読です。ご期待下さい。■
注)中村道場という一団体に掲載されるコラムであるため私的な題材や意見は極力避け、一般的な内容に的を広げてあります。しかし文章作成上、全ての主観を取り除くことは不可能であることもご理解下さい。上記の文章内で不快な気分を持たれた方は、このコラム蘭はあくまでHP係りが提供しているものであり中村道場全体の意見を代表しているものではない、ということをご理解ください。
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