■ 交拳知愛
2008年3月21日 空手は黒帯から
「手刀内打ち」という基本技があります。相手の顔面を内側から打つ技ですが、考えようによっては防御と一体の動きとも言えます。相手の右上段突きを左の手刀外受けで払い、右手刀内打ちでコメカミを打つ。動きは基本のそれと全く同じですが、この解釈では
引き手を受け技と扱うことにより、攻防一体の考えを取り入れる事が可能です。
基本は極真空手の基礎となる技ですが、緑、茶、黒と帯が上がるに従い、単に動作を反復するだけでなく、技の切れを向上させねばなりません。そして重要なことは基本技の動きの意味を考え始めることです。極真の道場では指導員からの説明は必要最低限に留められています。その理由
は「道場生に思索させる機会を与えるため」という考えが第一に来ると思われます。上記の「手刀内打ち」はほんの一例ですが、想像力を働かせ動きの意味を思索することにより解釈は次々に広がっていくはずです。
「学びて思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)く」(意訳:思索すること無しに、ただ学ぶだけでは活きた学問とはならない)これは孔子の言葉(論語)ですが、学校で習ったことを自分になり応用発展させてこそ一般社会での実用に繋がるものです。
黒帯を許されるということは基本、移動、型、組手の基礎動作の修了を意味します。ここから自分なりに応用発展させる作業が空手修行の醍醐味とも言えます。今まで指導員から学んだことを
もとに、自分なりに思考し一応の結論がでた後、それらの解釈を約束組手、自由組手、大会といった場で試すことにより実際に使えるかどうかを検証していかねばなりません。自分の頭で思索を繰り返しながら練り上げられた技こそが個々の道場生にとって真に活きた空手を形成していくことになるはずです。
ただこういった作業は長期に渡り終わりの無いものです。空手の修得は本当に奥が深く難しいものです。「極意は自分で創りなさい」という総裁のお言葉が蘇ります。■
注)中村道場という一団体に掲載されるコラムであるため私的な題材や意見は極力避け、一般的な内容に的を広げてあります。しかし文章作成上、全ての主観を取り除くことは不可能であることもご理解下さい。上記の文章内で不快な気分を持たれた方は、このコラム蘭はあくまでHP係りが提供しているものであり中村道場全体の意見を代表しているものではない、ということをご理解ください。
< 前に戻る|トップ|次を読む >