■ 交拳知愛
2008年2月28日
醸成された佇まい
様々な趣向が凝らされた播州姫路カップでしたが、組手試合でも普段の大会とは違う話題が持ち上がりました。それは橋爪秀彦師範の参戦でした。橋爪師範は現在、北大阪支部長を務められ関西の極真空手の普及発展に貢献する指導者として活躍されておられます。中村道場出身でもあり、兵庫支部創生期を支えられ、私たち中村道場生にとっては大先輩にあたる人物です。
選手として活躍されていた現役時代には、輝かしい戦績もさることながら、数々の伝説的な試合を後世に残しておられます。第18回全日本での敷島知章選手との睨み合い、同全日本での松井館長に対する鮮やかな足掛け下段突き、第4回全日本ウェイト制での大賀雅裕選手との死闘、
同ウェイト制での長沢誠選手(現北大阪支部師範代)との伊丹道場同門対決などがすぐに思い出されます。また第4回世界大会での対マイケル・トンプソン戦での命がけの戦いはあまりにも有名な試合です。その闘志を全身で表現するファイトスタイルは、後年の中村イズムを確立させた高尾選手、安田選手、住谷選手を始めとする多くの後輩達に影響を与えています。
右構えから繰り出される突きから蹴りへの流れるような連携、猛稽古から培われた無尽蔵のスタミナ、そして対戦者を射抜く鋭い眼光は相手を萎縮させる迫力がありました。所属されていた伊丹道場での一般稽古で汗を流した後、そこから尼崎道場までマスクを付けてロードワーク、そこから更にサンドバックを数十ラウンド叩くという稽古メニューは、当時の尼崎道場生にとって「クレージー」だと恐れられ
、極真の黒帯に対する畏敬の念を植えつけられたものです。
あれから20数年の時を経て、橋爪師範が一地方大会である播州姫路カップのマットに立たれました。その深く醸成された佇まいは長年の修行
で培われた泰然さを物語っていました。組手試合を超越した存在感は競技者としてのものではなく、常に今を生きる武道家としての誇りを観る者に感じさせてくれます。20年以上の時を超えた今もなお、
言行一致の精神で後輩を引っ張る師範の姿に感動を覚えた中村道場生は数え切れなかったことでしょう。■
注)中村道場という一団体に掲載されるコラムであるため私的な題材や意見は極力避け、一般的な内容に的を広げてあります。しかし文章作成上、全ての主観を取り除くことは不可能であることもご理解下さい。上記の文章内で不快な気分を持たれた方は、このコラム蘭はあくまでHP係りが提供しているものであり中村道場全体の意見を代表しているものではない、ということをご理解ください。
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