■ 交拳知愛
2008年2月10日
心技を極める
道場訓第一節に「心技を極める」という
文節があります。これに付随して、武道の世界では心技一体という言葉が広く用いられています。これらの言葉は心と技を統一することにより武技を完成に近づけることを示すものです。敵を殺傷する技術
が思慮分別無しに乱用されるとそれは単なる暴力になってしまいます。例えば組手稽古で先輩が後輩を鍛える時に、そこに思いやりがあるかどうかは非常に重要な問題です。
一本で試合を勝ち上がることは極真の選手にとって理想的な形といえるでしょう。重要な試合でKO
勝利した格闘家や空手家のインタビューでは「心が無になった瞬間、自分の手足が自然に導かれ相手の急所を捉えていた」という答えをよく聞きます。強豪相手に一瞬の間隙をついて繰り出される一撃の技こそ空手における心技の究極の形かもしれません。
心技は仕事にも繋がります。確かな技量と能力を持っていても心の存在無しでの成功は困難です。観客を楽しませたい、という純粋な心が良い映画を生む。
お客の満足そうな顔を見たい、という気持ちが良い料理を生む。人の役に立ちたい、という強い気持ちが良い製品を生む。やりがいのある仕事をしている時は一心不乱に没頭し時間の経過を感じなくなるものです。道場稽古を含めた日常生活を通して心と技、または心の技を磨いていきたいものです。
明日はいよいよ播州姫路カップです。心技を極めるべくたくさんの選手が出場します。皆さんのご健闘をお祈りします。(車で来場される方は公営駐車場をご利用されるよう御願いします。)
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注)中村道場という一団体に掲載されるコラムであるため私的な題材や意見は極力避け、一般的な内容に的を広げてあります。しかし文章作成上、全ての主観を取り除くことは不可能であることもご理解下さい。上記の文章内で不快な気分を持たれた方は、このコラム蘭はあくまでHP係りが提供しているものであり中村道場全体の意見を代表しているものではない、ということをご理解ください。
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